ようこそ、黒猫亭へ

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いらっしゃいませ!
ようこそ、私共のささやかなお店へ!

えっ、なんでお前がしゃべっているんだって?
しかもお前は猫以前に、看板だろうって?

いえいえ、看板だからってバカにしないでください。
私には立派に「こころ」があるんですから。

たしかに私は、動きません。
鳴きません。
しっぽも振れません。
魚の骨を見ても飛びつきません。

ですが、こうして毎日、店の前に立ち、町ゆく人を眺めております。
晴れの日も、雨の日も、風の強い日も。
この町でいちばん店を見てきたのは、もしかすると店主ではなく、この私かもしれません。

ここは「黒猫亭」と申します。
古い教会の近くにある、小さな喫茶店です。

大きな店ではありません。
椅子も多くありません。
入口のベルも、少し音が遅れて鳴ります。

けれど、紅茶は丁寧に淹れます。
コーヒーは少し濃いめです。
焼き菓子は、店主の気分で形が少しずつ変わります。
雨の日には、温かいスープも出ます。

ええ、観光名所ではありません。
雑誌に大きく載ったこともありません。
ですが、大きな店が偉いとは限りません。

小さな店には、小さな店にしか守れない時間というものがあるのです。

おや、そんな顔をなさらないでください。
今からこの店の歴史をお話しします。
聞いていない?
いえいえ、聞いていただきます。

この建物は、昔はパン屋でした。
朝になると、通りの向こうまで焼きたてのパンの匂いが流れていたそうです。

そのパン屋を喫茶店に変えたのが、今の店主のおばあさまでした。
気の強い方だったそうです。
紅茶の淹れ方にうるさく、椅子の位置にも厳しく、少しでもカップに曇りがあると、すぐに磨き直したとか。

そのくせ、困っている人を見ると放っておけない。
雨宿りの人にはタオルを出し、財布を忘れた学生には、黙ってスコーンを包んでやったそうです。

今の店主は、その孫です。
少し不器用で、少し口下手で、焼き菓子を焦がすこともあります。
ですが、紅茶を淹れる手つきだけは、おばあさまによく似ています。

そして、この店には昔、本物の黒猫がいました。

雨の強い夕方だったそうです。
店の裏口で、小さな黒猫が震えていた。
片目のあたりを怪我して、毛は泥で固まり、鳴く力も残っていなかった。

普通なら追い払われても仕方ありません。
店ですからね。
動物を中へ入れるわけにはいかない。
そういう理屈はあります。

けれど店主は、その猫を追い払いませんでした。

古いタオルで包み、厨房の隅で温め、ミルクを少しだけやりました。
それから何日も世話をしました。
猫は少しずつ元気になり、やがて店の裏口から表へ出るようになりました。

すると、不思議なことが起きました。

黒猫が店先に座ると、人が立ち止まるのです。
子どもが「猫だ」と言って母親の袖を引く。
旅人が足を止める。
泣きそうな顔をした人が、なぜかこの店に入ってくる。

猫は何もしていません。
ただ座っていただけです。
それなのに、誰かの足を少しだけ止めることができた。

それは、立派な仕事です。

その黒猫は、長いあいだ店にいました。
窓辺で眠り、椅子の下を歩き、時々、常連の膝の上に勝手に乗りました。

店主はその猫のことを、あまり大げさには語りません。
ただ、店を閉めるとき、今でも時々、裏口のほうをちらりと見ることがあります。

もうそこには、誰もいないのに。

その猫がいなくなったあと、店主はこの看板を作りました。
ええ、つまり私です。

ですから私は、ただの鉄板ではありません。
かつてこの店で眠り、この店で客を迎え、この店で愛された一匹の猫の記憶を、少しだけ預かっているのです。

私は鳴けません。
歩けません。
誰かの膝に乗ることもできません。

けれど、誰かの足をほんの少し止めることはできます。

今日は疲れた顔の紳士が、私を見上げてから店に入りました。
昨日は旅の途中らしい老夫婦が、私の写真を撮ってから紅茶を飲んでいきました。
先週は、泣いていた若い女性が、雨宿りのつもりで店に入り、帰るころには少しだけ笑っていました。

私はそれで十分です。

店というものは、飲み物や食べ物だけでできているのではありません。
そこにいた人。
通り過ぎた人。
二度と来なかった人。
それから、かつて窓辺で丸くなっていた一匹の猫。

そういうものが少しずつ積もって、店になるのです。

さあ、どうぞ中へ。

店主が紅茶を淹れています。
今日の焼き菓子は、少しだけ焦げていますが、それもまたご愛嬌。

ここは小さな店です。
けれど、あなた一人が座る椅子くらいは、いつでも空けてあります。

ようこそ、黒猫亭へ。

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