俺をここから出してくれ

Smile

あー、しんどいな…。

俺、なんで、あの時、断れなかったんだろう?
もう一回、チャンスをくれ。
いや、くださいー! 神様ー!

って俺も神様のはしくれか。
いやー、しかし、俺の腕と足はどこへ行ったんだ?
まだこの下に埋まっているとは思うが、もう300年以上この状態だから、
本当に、あるのかどうかすら、忘れちまった…。

思えば、300プラス20年前ごろ、あのいまいましい円珍って野郎が、俺をこんな場所に閉じ込めた。
こう見えても俺はあの頃、相当悪かった。
えっ、その顔を見れば、だいたい想像がつくって?
失敬なやつだな…。
まあ、いい。

まさか、俺だって小っちゃいころから、ワルだったわけじゃない。
昔は泣き虫で、母ちゃんの膝にくっついてばかりいたよ。
今じゃ、信じられないだろう。
でも、事実そうだったんだ。

俺には兄ちゃんがいた。
兄ちゃんは、背が高くて喧嘩も強かった。
寺で修行中のころは、いつも兄ちゃんの背中を追いかけていたっけな。
兄ちゃんは常に俺のヒーローだった。
「おい、真造! 行くぞ!」(あっ、真造は俺のこと)
「うん! 兄ちゃん!」
それが、俺たちが他の寺へ出動するときの合図だった。
あの頃は学校なんてなかったから、近所の寺で、和尚さんに勉強を教わっていたんだ。
それで、他の寺の小坊主たちと喧嘩ばかりしていた。
そんな中でも兄ちゃんは、喧嘩がつよいことで有名だったんだ。

ある日、兄ちゃんと俺は、和尚のお使いで下の街まで手紙を届けることになっていた。
その途中の一本道になっている山道で、小坊主のやつらが奇襲をかけてきた。
さすがの兄ちゃんも山道のわきにある森から3,4人くらいが飛び出してきたもんだから、たまったもんじゃなかった。
不意を突かれて、小坊主たちにボコボコに殴られていた。
俺はそれを見ていて体が震えた。
助けにいかなきゃと思ったが、体が動かなかった。
俺は目を閉じて、どうでもなれって感じで兄ちゃんを殴っている奴らのところに飛び込んでいった。
めちゃくちゃに手足を動かして、気が付いたら小坊主どもは倒れていた。

それがきっかけだった。
その後は喧嘩が怖くなくなった。
体もどんどん大きくなっていって、無敵になった。
そして、いつの間にか兄ちゃんも追い越し、5,6人の手下を従えるようになっていた。
何でもやったよ。
窃盗や恐喝。賭場の仕切り。
田舎だから限界はあったけど、この辺りをまとめるぐらいにはなっていた。

やつが現れたのは、俺が最高にいきがっていたころだった。
そう、円珍だ。
円珍は言ったものだ。
神の使いで来たが、お前はもうすぐ死ぬと。
やつは薄汚い布を身にまとって、とても神の使いなんかには見えなかった。
その日はすぐに帰したが、次の日もほぼ同じ夕方ごろに俺を訪ねてきた。
俺は話ぐらいは聞いてやろうと思って、やつを部屋に招き入れた。
やつは神の使いだという印に、俺の過去をすべて言い当てやがった。
兄ちゃんのこともすべてわかっていた。
やつは、言ったものだ。
「お前はもうすぐ病気で死ぬ。だが、一つだけ生き延びる方法がある」
やつは続けた。
「お前はあと500年生きることができる。ただし、お前は動くことはできない。
あの木に縛り付けられたままでいることが条件だ」
そして、寺の庭にある、この木を指さした。
俺はもちろん迷った。
「もし、断れば、どうなる?」
「お前は、あと一ヶ月で死ぬことになる」
俺は生き続けることを選んだ。

そうだ。それから、この木に延々と縛り付けられてるってわけだ。
時々、思うんだ。
あの時、俺は断っていた方がよかったんじゃないかと。
でも、その答えを知ることはできない。
円珍のやつも、その後、20年くらいで死んじまったからだ。

やつは、亡くなる一週間前にここを訪れたんだ。
やつの姿は、悲しくなるぐらい、やせ細ってしわくちゃになっていたな。
歩くのもやっと、という感じだった。
「お前とも、そろそろお別れの時が来たようじゃな」
「どうしたんだよ。さびしいこと言うなよ。今じゃ、知り合いはあんただけなんだ」
その頃、円珍とは戦友のような関係になっていた。
「いや、わしはもう駄目じゃ。寿命じゃよ」
「そうか、寿命じゃ、仕方ないな。20年、長いようで短かったけど、ありがとうな」
「話はかわるが、あの時、ここで生き続けることを選んでくれて、お前さんに礼を言うよ」
「礼なんて、いいよ」
「実は、わしら、神の使いにもノルマがあってな。この場所を500年守り続けてくれる男が必要だったんじゃ」
「えっ、ノルマ?」
「そうじゃ、ノルマじゃ。どうしても、500年生き続けられるようなイキのいい奴が必要だったんじゃよ」
「えっ、それじゃ、あの時、俺があと一週間で死ぬっていう話は…」
「悪いが、わしはこの辺で失礼するよ」
「ちょっと待って! ノルマって、どういうことだよ!」
円珍はそのまま行っちまった。
答えがわからなくなったって言うのは、そういう理由だ。

あれからどれくらいの時間が経っただろう。
おそらく300年くらいか…。
いつか、円珍のやつを出し抜いて、ここから出てやろうと思っている。
そうだ。絶対に出てやる。
見てろ。円珍!
そのためには、まずこの顔の横の根っこをどうにかしないとな。
これがまた硬いんだ。俺の顔とほぼ同化していると言っても過言じゃないな。

誰かー、俺をここから出してくれ…。

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