「……あれっ、ピンボケじゃない?」
甲は首をかしげて、赤い花の写真を見つめた。
どう見ても、輪郭は揺れている。
花びらも、茎も、くっきりとは写っていない。
「違うって」
乙は、少し得意げに言う。
「動きを出すために、わざとああいう風に撮ってるんだよ。
今、ああいうのが流行りなんだって」
「へえ……」
甲はもう一度写真を見る。
やはり、どう見てもピンボケだ。
「おれには、どうしてもピンボケにしか見えないけどな……」
その一言で、乙の表情がわずかに曇る。
「お前も、わからないやつだな」
声が少し強くなる。
「あれが芸術なんだって。
ピカソだってそうだろ。
素人が見たら、良さなんてわからない。
だって、耳と同じ平面に、口と目があるんだぞ?」
「いや、それは……」
甲は言いかけて、やめた。
議論になると、面倒だからだ。
甲は相変わらずマイペースで、
乙はだんだん苛立ちを隠さなくなる。
写真をどう見るか。
芸術か、失敗か。
二人の距離は、ピントの合わない花のように、
少しずつズレていった。
――その様子を、少し離れた場所から眺めていた私は、
心の中で、そっとつぶやく。
(いや……)
(これ、展示するときに、
作業員が間違えて置いちゃったやつなんだよな)
本当は外す予定だった。
ピンボケだから、外してほしいと、ちゃんと伝えた。
……はずだった。
でも今さら、
「実は失敗作です」とは言えない。
こんなにも真剣に語られてしまった以上、
もう引き返せない。
こうなったら――
これはもう、芸術品だ。
意味は、後からついてくる。
解釈は、見る人に委ねればいい。
私は静かに決めた。
このピンボケは、
最後まで、芸術として展示しよう。
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