意味のない言葉

Another World

私はその日、医者が目の前で私に話しかけている言葉を聞いていた。
だが、その言葉の意味が私にまったく伝わってこなかった。
理解したくなかったというほうが正しいかもしれない。
医者の口は動いているし、声も聞こえている。
ただ、言葉の意味だけが抜け落ちているのだ。
その声はこう言っていた。
「あなたの命はあと半年だ」と。
徐々にその言葉の意味が分かってきた。
その言葉の重みが私の中に浸透するにつれて、私はその場を離れたくなった。
私はゆっくりと医者の前を去ろうと、席を立った。
医者の「大丈夫ですか!」という言葉が追いかけてきたが、私はその医者のことなど、
どうでもよかった。
私は部屋のドアを開け、ふらつく足取りで待合室に向かって歩き出したことは記憶に残っている。

気が付くと待合室のベンチに座っていた。
私はすぐにその病院を離れたかったから、受付でお会計を済まし、駅前のにぎやかな通りに出た。
行きかう人たちの群れは、私のことなど一切気にかけず、無関心だった。
まるで、能面をかぶった人たちの群れのようだった。

私はとにかく腰を落ち着けたかったから、目についた一軒目のバーに飛び込んだ。
店内は暗く、奥のほうからかすかに話し声が聞こえていた。
私はカウンターの席に腰を落ち着け、目の前のマスターにウィスキーをロックで注文した。
飲み物を待ちながら、私は医者の言葉を反芻していた。
医者が見せたレントゲン写真には、私の胃の奥に黒い腫瘍が写っていた。
あんな小さな腫瘍がおれの命を奪えるものか。

「お客さん、何か言いましたか?」
どこかで声がした。マスターが私に話しかけているのだ。

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