「……僕のこと、呼んだ?」
ぴょこっ、と顔を出したのは、森のど真ん中。
木と木の間にすっぽりはまり込むように顔を出してみる。
僕の名前はコモチ。
「……あれっ? 誰もいないなあ……」
周囲を見回すけど、ただただ静か。葉っぱがこすれる音と、自分の鼓動だけが聞こえる。
「確かに、僕を呼ぶ声が聞こえた気がしたんだけどなぁ…」
まあ最近、ちょっと疲れてるからね。
どんぐりをどこに埋めたか忘れるし、クルミの殻もやたらと固い。
それに、昨日なんて石につまづいて転んだし…。
「……あっ、待って! また聞こえた!」
耳をピンと立てて、集中する。
「さあ、コモチ、もうすぐご飯だよ〜」
「もしかして……母ちゃん?」
懐かしい声だった。ふわっと優しくて、語尾がちょっと伸びる感じ。
「母ちゃん、どこにいるの? 僕、ここだよ! ほら、木の分かれ目のところ!」
と叫んでみたけど、返事はない。
…そうだよね。母ちゃんって昔から自由だったもんなあ。
もしかしたら、母ちゃんは今も僕を探してるのかもしれない。
どこかで僕のことを呼びながら、ふらっとどんぐりに気を取られてるだけかもしれない。
「母ちゃん……なんとか、元気にやってるよ。母ちゃんはどう? ちゃんと木の上で寝てる?」
思わずそんなことをつぶやいて、ハッとする。
今の僕って、めちゃくちゃセンチメンタル…。
さっきまでどんぐりのことしか考えてなかったのに。
空を見上げると、雲の隙間からほんの少し光が差し込んでいた。
母ちゃんの声だったのか、それともただの空耳だったのか――
どっちでも、まあいいや。
「よし、ご飯探しに行こ。」
僕はそっと木を滑り降りた。
泣くのは、また別のときでいいや。
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